大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所 昭和42年(ネ)825号 判決

控訴人 合資会社清水板金製作所

被控訴人 鈴木辻一

主文

原判決中被控訴人の請求を認容した部分を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金五万四七〇九円および内金二万八七〇九円に対する昭和四〇年四月七日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じてこれを三分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

第二項および前項に限り、本判決の確定前に執行することができる。

事実

控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠〈省略〉………ほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

被控訴人が名古屋市昭和区小針町三丁目二一番地の二に居住していること、および控訴人が昭和三九年一月中旬頃から同所同番の一の土地上の軽量鉄骨スレート葺二階建工場において操業を開始したことは、当事者間に争いがなく、当審の検証の結果によれば、右両土地は互に隣接し、二一番地の二は同番の一の土地の東隣に在ることを認めることができる。

被控訴人は控訴人に対し、右工場(以下本件工場と称する)から発生する音量が一定限度をこえないように防音施設をなすべきことを求めるとともに、同工場の放散する騒音および震動により被控訴人がすでに蒙つた営業上および精神上の損害ならびに将来蒙るべきこれらの損害の賠償を求めるので案ずるに、一般に工場、事業場などが騒音や震動を発して周囲の者に損害を与えることがあつても、それが当該工場等の営業上必然的に惹起されるものであり、且つ、営業権の正当な行使に因るものであるときは、周囲の者はこれを受忍しなければならない。しかし、放散される騒音や震動が、当該工場等の属する地域社会において通常人が受忍しうる限度を超えるものであるときは、権利の濫用となり、これにより所有権または占有権を侵害された近隣の者は、物上請求権としてその妨害の除去または予防を請求する権利を有すると共に、右の放散につき加害者に故意または過失が存するときは、これによつて蒙つた財産上、精神上の損害につき不法行為に因る損害賠償請求権を有すると解するのが相当である。

そこで、先ず被控訴人の土地、建物の占有権に基く妨害排除の請求(占有保持の請求)としての防音施設設置の請求につき判断する。

成立に争いのない甲第一四号証、原審および当審における検証の結果、原審における被控訴人本人尋問(第一、二回)の結果、原審および当審における控訴人代表者本人尋問の結果ならびに当審における鑑定の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の諸事実を認めることができる。

(一)  本件工場は軽量鉄骨造りスレート瓦葺二階建の建物であつて、北側は道路に面し、間口は約一〇メートル(約五・五間)、奥行は約九メートル(約五間)、一階床面積は九〇・九〇平方メートル(二七坪五合)あり、北西部に事務室、南西隅に便所があるほかは、すべて工場、作業場として使用されている。なお、事務室の上部は二階となつているが、未だ使用されておらず、また建物の南側に続く裏庭も、屋外作業場として使用されている。

本件建物は外観上総二階建のように見えるが、内部は事務所附近を除き屋根まで吹抜となつており、その高さは被控訴人方の二階の屋根よりも一段と高い。外壁は大部分がモルタル塗装を施され、特に東側の壁は、道路寄りの被控訴人方平家建部分の屋根よりも高い位置に二枚戸のガラス窓があるほかは、すべて厚さ約六センチメートルのモルタル塗装壁となつている。

(二)  本件工場の内部には、その北東隅寄りに二・四二メートル(八尺)のシヤーリング(鉄板等裁断機)が、南東隅近くに一五〇トン油圧ベンダー(鉄材屈折機)が、また南側のやゝ西寄りにバイブロシヤー(鉄材曲線切断機)が、それぞれ一台設置されているほか、サンダー三台、ハンマー数本その他の道具が配置されており、また屋外作業場にはカツトグラインダー(アングル、パイプ等の切削機)一台が配置されている。

(三)  控訴会社は鉄板類を材料とする製品の製作を業とする合資会社であつて、本件工場において従業員五、六名を使用し、前記の機械、器具を用いて日曜、祭日を除く毎日午前八時頃から午後八時頃まで鈑金を主体とする作業に従事させている。

(四)  被控訴人は訴外加藤清夫から昭和三〇年中に先ず本件工場の東隣の土地六九・四二平方メートル(二一坪)を借り受け、次いで一一・五七平方メートル(三坪五合)を借り増して、間口六・三六メートル(三・五間)奥行一二・七二メートル(七間)の土地の地上に間口五・四五メートル(三間)奥行一〇メートル(五・五間)の木造瓦葺二階建家屋を建築し、北側(道路寄り)西寄りの一三・二二平方メートル(四坪)の部屋に祭壇を設けて拝殿とし、その南側の六畳間と共に、被控訴人を代表役員とする宗教法人新戸隠神社の礼拝所として使用しており、拝殿の西壁には四枚戸のガラス窓が設けられ、六畳間の西壁には二枚戸のガラス戸が設けられて、いずれも本件工場の東側の壁に面しており、両建物の間隔は五〇センチメートルで、そのほゞ中間に被控訴人方の板塀が設置されている。

(五)  本件工場における作業の発する騒音の音量を、被控訴人方六畳間中央部の床上〇・五メートルないし一メートルの高さにおいて窓を開放して測定した結果は、昭和四一年一一月二九日の測定においては最高七四ホン、シヤーリング音は六五ホン、グラインダー音は五六ホンであり、昭和四三年一月二六日の測定においてはシヤーリング音の最高は六〇ホン、同年二月二日の測定ではグラインダー音の最高は五七ホン、ハンマー音の最高は六〇ホン、同年二月七日の測定ではシヤーリング音の最高は七〇ホン、鈑金音およびグラインダー音の各最高は五八ホン、モーター回転音は五〇ホンであつた。

なお、以上の測定値は、いずれもJIS規格のA特性によるものであるが、一般の騒音度測定においては、広くA特性による測定値が使用されているものである。

(六)  控訴会社は前記の各機械器具を一時に一斉に使用するものではなく、受注品の製作工程に従いこれらの機械器具を順次もしくは一時に二、三種類使用するようにしており、シヤーリングも騒音と震動の発生量が少い新型のものを買い替え、また工場の壁を厚くするなど、騒音と震動の放散量を減らすように努力しており、その結果騒音の測定値も前記のとおりで、従前に比較すれば相当減少し、シヤーリングの使用度も一日に数回、しかもその作動時間も数分間と短縮され、震動に至つては、被控訴人方において肉体的に明らかに感じうるものではあるが、これにより被害を受けるほどのものとは認められない。

(七)  なお、本件工場の周辺には木工所や自動車修理工場等の小工場・事業場が点在し、病院も学校も近辺には見当らない。

本件工場の建物および設備の概要、その環境および被控訴人方との距離関係、工場内の作業状況ならびにその放散する騒音および震動の量の現状は以上認定したとおりであつて、原審における被控訴人本人尋問(第二回)の結果中右の認定に反する部分は措信し難く成立に争いのない甲第六号証は現状認定の資料としては採用し得ず、他に右の現状の認定を左右すべき証拠はない。

そこで、右の諸状況の下における右の騒音および震動の放散が控訴会社の正当な営業活動の結果として社会観念上許容しえない程度のものであるか否かにつき考える。

愛知県公害防止条例(昭和三九年四月一日公布愛知県条例第四八号)第一条は、「この条例は、法令に特別の定めがある場合を除くほか、公害の発生を防止して、生活環境の保全及び産業の相互協和を図り、もつて公共の福祉の増進に寄与することを目的とする。」とし、第二条第一項は「この条例において「公害」とは、ばい煙、粉じん、ガス、臭気、汚水、廃液、騒音又は震動(以下「ばい煙等」という。)による障害であつて、生活環境をそこない、又は産業に被害を与えるものをいう。」と定義した上、第三条により、「何人も、公害を発生させないように努めなければならない。」と規定しており、同条例に基く昭和四〇年愛知県告示第四一一二号「騒音の基準」は、商業地域における音量の一般基準を、原則として工場または事業場の境界線から外へ五メートルの地点の地上一メートルの高さにおいて、午前八時から午後八時までの間については六五ホンと定めている。そして前記認定の(五)の後段の事実によれば、右の基準値もJIS規格のA特性による測定値を示したものと解するのが相当である。

ところで、本件工場および被控訴人方ならびにその周辺の地域が現に商業地域に指定されていることは当事者間に争いがないところ前記認定のとおり、本件工場から放散される騒音を被控訴人方で測定した最高値は、現状においては七四ホンであるが、右の音量は、前記認定の諸事実によれば、本件工場の壁の外側から約二・三メートルの地点において測定されたものであつて、これを前記告示の定めるとおり五メートル隔てた地点において測定するときは、更に数ホン低い数値が測定されることは理の当然である。しかも前記認定事実によれば、本件工場はその操業時間中継続的に右の最大音もしくはこれに近い騒音を放散しているものではなく、右のような騒音を発するのは短時間に限られ、本件工場が通常発する騒音は、被控訴人方六畳間中央部において測定した場合でも五五ホンないし六〇ホンであると認められる。したがつて本件工場から放散される騒音は、前記愛知県告示の規定する標準値の範囲内であるということができるから、商業地域内に居住する被控訴人は、右の程度の騒音はこれを忍受する義務を負うものといわなければならない。

もつとも、前記認定のとおり、被控訴人が現住所に居住しはじめた頃には本件工場は未だ存在しなかつたのであり、したがつて現状に比較すれば遙かに閑静であつたと認められ、また当時被控訴人方の周辺地域は、後記判示のとおり騒音基準量を五五ホンとする地域であつたのであるが、特定の地域社会が時代の進展に伴い産業活動を活発に行い、為めに閑静だつた地域が数年を出ずして活気のある商工業地域に変化することは、近時決して稀有な現象ではないのであつて、その結果静寂が破られることがあつても、他に危害を及ぼすことのない限りは、社会の進展に対し目を掩い耳をふさぎ、先住者たるの故をもつて他人の活動を措止する権利は他人にもないといわなければならない。本件において、控訴会社は後記認定のとおり過去には騒音と震動の放散につき行過ぎた点が認められるが、その現状が前記認定のとおりであり、しかも被控訴人方の周辺が六五ホンまでの騒音の放散を認めざるを得ない地域に変化している(前記(七)の認定事実および前記告示参照)以上は、被控訴人は先住者であることを理由として控訴会社の本件工場における前記認定の程度の騒音と震動の放散を拒むことを得ないというべきである。

また、被控訴人は、前記認定のとおりその居住する前記木造建物において神道の祭祀を主宰する者であるから、その職務上静かな環境が好ましいことは、十分これを窺い知ることができる。しかし、現状ていどの騒音のもとにおいて、被控訴人の職務の遂行が阻害され、もしくは被控訴人が肉体的にも財産上も損害を受けていることを認めるに足る証拠はないから、被控訴人は右の職務に従うことを理由として、同じ地域社会に居住する通常人が忍受すべき騒音の放散を禁止する権利を有するものとは考えられないのであつて、被控訴人が現状の環境のもとにおいて、他の通常人よりも静かな環境を得ようと欲するならば、被控訴人の占有する土地の周囲に自ら防音効果のある塀を設置し、あるいは屋内に防音装置を取り付ける等の自衛手段を講ずるほかはないと言わざるを得ない。このことは、今日都会地の住宅地域においてすら、コンクリート塀もしくは石塀をめぐらしている住宅が多いことからみても、決して被控訴人にのみ難きを強いるものではないことが明らかである(ちなみに、成立に争いのない甲第八号証によれば、被控訴人は借地契約上右のような塀の築造を禁じられていないことが認められる)。

してみると、本件工場が現に放散する騒音は、被控訴人方の属する地域社会における通常人の生活や職務を妨害する程度に達しないものであることが明らかであり、また本件工場の放散する騒音が将来右の程度を超えるおそれがあることを認めるに足る証拠もないから、被控訴人の本訴請求中土地、家屋の占有権に基き騒音による妨害の排除ないし予防を求める部分は、理由がないと言わなければならない。

(なお、給付の訴において請求する給付の内容は、これを認容した判決に基き執行機関において特別の解釈を要することなく法規に従い直ちに執行しうる程度に特定することを要するものであるところ、騒音の防止を求める被控訴人の請求の趣旨およびこれを認容した原判決は、共に何ら具体的な給付の態様、方法等を特定せず、右判決に基き執行機関が執行に着手すべき場合に、果して本件工場内のすべての機械器具に消音装置を取り付けるべきか、工場の壁に防音装置を施すべきか、あるいは工場の周囲に外壁を設置すべきかの選択に迷うのみならず、これらの工作の材料、仕様等についても見解が岐れ紛争を生ずることが十分予想されうるのであるから、かかる請求は請求自体において一定性を欠きすでに失当と称すべきであり、原判決中右の請求を認容した部分もまた、執行不能のそしりを免れ得ないものというべきである。)

次に被控訴人の損害賠償の請求について判断する。

本件工場が現在放散する騒音や震動が控訴会社の正当な権利行使の範囲内に留まるものであり、したがつてこれが不法行為を構成しないものであることは、すでに判断したところによつて明らかである。

そこで進んで過去において本件工場の放散した騒音もしくは震動が、控訴会社の正当な権利の範囲を超えたことがあるか否かにつき検討する。

成立に争いのない甲第六号証、原審における被控訴人本人尋問(第一、二回)の結果ならびに原審および当審における控訴人代表者本人尋問の結果に原審の検証の結果および弁論の全趣旨を総合すると、本件工場においては操業開始以来前記認定の工員数と機械、器具類により作業が行われていたが、シヤーリングは当初震動と騒音の大きな旧型のものであり、また工場建物の東壁はスレートであつたこと、当初の作業工程は現在のように統制されておらず、また受注製品の関係でシヤーリングを使用する回数も多く、残業のため午後九時頃まで作業し、時には午後一一時に及ぶこともあり、しかも日曜、祭日にも作業が行われたこと、前記愛知県告示の施行前に定められていた名古屋市の騒音防止に関する指導基準にあつては、本件工場の周辺の地域における制限音量は五五ホンとされていたこと、昭和三九年九月二二日前記被控訴人方六畳間中央部において本件工場の放散する騒音を測定したところによれば、B特性による測定値は、(イ)グラインダー音を含む定常的な作業音は六二ないし六五ホン、(ロ)シヤーリング音は七五ないし八〇ホン、(ハ)ハンマー音は七二ないし七四ホンであり、また特に、(ニ)右六畳間の窓辺においてシヤーリング音をC特性により測定した結果は八五ないし八七ホンであるところ、右をA特性により測定すれば、(イ)はほゞ五八ないし六一ホン、(ロ)はほゞ七〇ないし七五ホン、(ハ)はほゞ七〇ないし七二ホン、(ニ)もほゞ七〇ないし七二ホンとなること、本件工場内の機械類の作動による震動のため、いずれも軽微ではあるが被控訴人方の玄関前の鳥居に狂いが生じ、玄関脇のコンクリート基礎にひび割れが生じ、また前記六畳間の欄間の木部が割れるなどの被害を生じ、騒音と震動のため会話も中断され電話の聴取も困難なことがあつたこと、ならびに控訴会社は昭和四一年五月頃本件工場の東壁を厚さ六センチメートルのモルタル塗装に改装し、これと前後して前記認定のとおりシヤーリングを買い替え、作業工程を改善する等の改善策を講じた結果、騒音も震動も前記認定のとおり通常人が受忍しうる程度のものに軽減されたこと、をそれぞれ認めることができ、原審における被控訴人本人尋問の結果中一部右の認定に反する部分は措信し難く、他に右の認定を左右するに足る証拠はない。

控訴人は、本件工場の西方を走る国鉄中央線の列車の発する騒音震動の方が本件工場が放散するものよりも激しかつたと主張するがかかる事実を認めるに足る証拠はない。また控訴人は、名古屋市当局により本件工場の視察、見分を受けたが、その結果何らの改善命令も勧告も受けなかつたと主張するが、本件工場が現実に前記認定の騒音および震動を放散していた以上、これに対し行政機関が何らの措置をもとらなかつたとしても、そのことをもつて控訴会社の責任を免れしめる理由とすることはできない。

してみると、被控訴人は本件工場の操業開始以来昭和四一年五月頃までの間毎日本件工場から日中屡々通常人の受忍すべき程度を超えた騒音および震動の放散を受け、また平日の午後八時以後も屡々騒音の放散を受け、因つて精神的苦痛を受けていたものということができる。

そこで進んで控訴会社の故意、過失の有無につき判断する。原審における被控訴人本人尋問(第一、二回)の結果および弁論の全趣旨によれば、被控訴人は控訴会社が本件工場の建築に着手した頃控訴会社代表者に対し騒音の防止を申し入れたところ、同人は、国鉄の列車の通過音より小さな音にすぎないから心配ないと返答したこと、本件工場の操業開始後その放散する騒音と震動に耐えかねた被控訴人は、屡々控訴会社代表者に対し改善を申し入れたが、同人はこれに応じないのみならず、自社工場の放散する騒音の測定を専門家に依頼したことさえなかつたこと、および、控訴会社は被控訴人から本件訴訟の提起を受けて始めて前記の諸改善策を講じた(本件記録によれば、原審における検証期日は当初昭和四一年四月二二日と指定されたが、その後同年六月一〇日に変更されたことが明らかであるところ、本件工場の東壁が改装されたのは同年五月頃であることは前記認定のとおりである。)ことを認めることができる。

右の諸事実によれば、被控訴人の受けた前記の損害については、控訴会社代表者に少くも過失が存したことを認めることができる。控訴人は、被控訴人方と本件工場敷地の境界に防音のための塀を構築しようとしたところ、被控訴人の妨害に遭つたため断念したのであるから、本件工場の発する騒音が被控訴人方に侵入したことにつき控訴人に過失はないと主張するが、原審における被控訴人(第一、二回)および控訴会社代表者各本人尋問の結果によれば、本件工場の建築に先立ち被控訴人と控訴会社との間に互いの借地の範囲につき紛争が生じたため、控訴会社はその借地の占有を確保する目的で板塀を構築しようとしたところ、被控訴人の妨害に遭つて、これを中止したことを認めることができるが、控訴会社の築造しようとした塀が防音(遮音)効果を有するものであつたことについては、右控訴会社代表者本人尋問の結果中これを肯認するが如き部分はとうてい採用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。したがつて控訴人の右の主張は右の点において理由がない。

以上認定したすべての事実および前掲各証拠により認めうるその他の一切の事情を総合して考慮するときは、被控訴人は本件工場が操業を開始した昭和三九年一月中旬から昭和四一年五月頃までの間平均して一箇月金二〇〇〇円に相当する精神的損害を蒙つたものと認めるのを相当とする。したがつて被控訴人の本訴請求中控訴人に対し慰藉料の支払を求める部分は、昭和三九年一月二一日から同年同月末日までの分金七〇九円、同年二月一日から昭和四〇年三月末日まで一箇月金二〇〇〇円の割合による金二万八〇〇〇円および右計金二万八七〇九円に対する、各不法行為後であり、かつ訴状送達の翌日であることの本件記録上明らかな昭和四〇年四月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金ならびに同年四月一日から昭和四一年四月末日まで一箇月金二〇〇〇円の割合による金二万六〇〇〇円の各支払を求める部分は理由があるが、その余の部分は理由がない。

最後に被控訴人は本件工場の発した騒音により収入の減少を来たした旨主張するが、右の主張に対する当裁判所の判断は、原判決理由の右の主張に対する説示(第五項(二))と全く同一である(ただし昭和四一年五月頃以後は不法行為の成立しないこと、前記説示のとおりである。)から、ここにこれを引用する。

以上判断したところによれば、被控訴人の本訴各請求中控訴人に対し慰藉料の支払を求める請求の一部のみ理由があり、その余はすべて理由がないにもかかわらず、原判決が慰藉料の請求を前記理由のある部分を超えて認容し、かつ防音施設の請求を全部認容したのは失当であつて、本件控訴は一部理由がある。

よつて、原判決中被控訴人の請求を認容した部分を変更し、被控訴人の請求を右認定の限度において認容し、その余はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九二条本文の規定に従い、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本重美 大和勇美 軍司猛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例